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【復刻】九州時代誕生の秘密/松沢元鹿実監督を悼む

  • 2017年 08月13日 18時10分
  • 提供元:日刊スポーツ
全国高校サッカー選手権大会決勝 念願の単独優勝を果たし、選手たちに囲まれて記念撮影を行う松沢隆司総監督(中央)(2005年1月10日撮影)

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全国高校サッカー選手権大会決勝 念願の単独優勝を果たし、選手たちに囲まれて記念撮影を行う松沢隆司総監督(中央)(2005年1月10日撮影)

<復刻版:2006年1月13日の日刊スポーツから>
 高校サッカーの名門、鹿児島実の監督や総監督を務めた松沢隆司(まつざわ・たかし)氏が、11日午後6時55分、多臓器不全のため鹿児島市内の病院で亡くなった。76歳だった。この日、鹿児島市内で葬儀・告別式が行われた。故人の生前のご功績を偲び、2006年1月13日の記事を振り返ります。
  ◇   ◇   ◇
 今から半月前、宮崎県のほぼ中央に位置する人口約7500人の山あいの町で彼らは1つになっていた。いろりを囲み、地元の芋焼酎の瓶を次々と空にした。酒のさかなはサッカー談議。あまりの熱気で部屋を暖めていた石油ストーブの火が落とされた。
 九州勢を中心に全国高校サッカー選手権出場の12チームがJリーグG大阪のキャンプ地で知られる宮崎県綾町に集結した。12月下旬、全国高校サッカー選手権前に練習試合を行う恒例の九州強化合宿だ。夜には伝統の食事会も開催された。集まった幅広い年代の監督、コーチが酒を酌み交わした。戦術や指導について意見交換する車座がいくつも広がった。
 「九州は1つ」。九州の高校サッカー指導者の合言葉である。「結束力の強さはどの地域にも負けてない」。多くの監督たちが口をそろえる。頂点を狙うもの同士が敵味方を超え、結束する。そのルーツは1970年ごろにさかのぼる。
 当時は関東、東海勢が全国の上位常連。「なんとかして九州のチームが全国で勝てないか」。福岡商(現福翔)の藤井正訓監督(73=現九州サッカー協会会長)が発起人となり大分工、島原商、鹿児島実と合同合宿を始めた。昼の試合が終わると、夜は“飲みニケーション”で強化策を探った。日付が変わるのは日常茶飯事。「強くなりたい」。熱い思いは輪を広げ、焼酎の量を増やした。毎回、九州大会や全国大会前に代表校が集い、昼夜をかけて技術交流を図った。
 昨年度選手権王者の鹿児島実・松沢隆司総監督(65)も若いころ、焼酎で意識がぼんやりする中、机の下で先人たちの言葉をメモした。せっかくの会話を忘れないようにと、懐にはテープレコーダーを忍ばせた。仲間意識を持った鍛錬のおかげで九州各県、各チームのレベルはアップ。選手権ではここ10年、九州勢が6度の優勝を誇る。四半世紀を経て、藤井会長の思いは実を結んでいる。とはいえ、もちろん勝敗を競う。頂点に向かい、しのぎを削る作業は楽ではない。中学生のスカウト活動で競合し、因縁を残したなんて話も聞くし、試合中にヤジの応酬も見る。監督同士の付き合いを「策士と策士、タヌキとタヌキのだまし合い」と言う人もいる。だが、根底には「九州は1つ」の合言葉があり、友情がある。
 3年ほど前、東福岡の志波芳則監督(55=現コーチ)が不祥事で解任され、1年間の謹慎処分を受けた。選手権も監督だけ不参加だった。当時、批判や同情など指導者仲間の反応はさまざま。学校の取り調べや我々マスコミの追及が続いていたある日、福岡市内の選手寮へ鹿児島から1通の茶封筒が届いた。中身はA4判の半紙が1枚。力強い毛筆の2文字があった。ただ、「我慢」と。ひげが伸び、ほおのこけた志波監督の手が震え、細長い目が潤んでいた。送り主は鹿児島実の松沢総監督。九州の高校サッカー取材で、彼らの合言葉の深さを感じさせられる出来事だった。
 私の故郷、滋賀の野洲の初優勝はうれしい。でも、独特のチームワークを持った九州勢が今後どう結束し、巻き返すのか。こちらの方にも興味が尽きない。【押谷謙爾】

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