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「真相究明」「再発防止」を掲げる「オウム事件真相究明の会」への大いなる違和感

  • 2018年 06月14日 19時10分
  • 提供元:Business Journal
オウム真理教教団施設内の様子:Hironori Miyata/Camera Press/アフロ

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オウム真理教教団施設内の様子:Hironori Miyata/Camera Press/アフロ

 どんなに卑劣な悪党であっても、その身内が“死刑は避けてほしい”と願うのは、責められない。多少常軌を逸したことを言っても、それが本人の心情の吐露である限り、違和感があったとして聞かなかったフリをしてあげるのが人情というものだろう。


 そのため、オウム真理教の教祖麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚の三女が、本を出したり、マスコミに出たり、はたまた被害者の会のイベントにまでやってきて、父親の精神状態の異常を語り、「真実」を語らせるために死刑執行を回避し治療をするよう訴えたことなどについて、私は発言を控えてきた。ただし、被害者の会での振る舞いには、傷つき、心乱された被害者がいることは付記しておきたい。


 しかし、著名な文化人らがうちそろって、彼女の主張を代弁するような活動を始めたと聞けば、やはり座視できない。ましてや、複数のジャーナリストが、その呼びかけ人や賛同人となり、事実をないがしろにした発信をしているとなると、さすがに黙っているわけにはいかない。


 というわけで、今回は「オウム事件真相究明の会」と名乗るグループが行った記者会見を取り上げる。


 彼らの主張は、


(1)麻原が内心を語っていないので「真相」は明らかになっていない
(3)麻原が真相を語らなかった理由は、精神に変調をきたしたから
(3)控訴審で事実の審理を行わずに控訴棄却とした裁判所が悪い
(4)「治療」して麻原に「真相」を語らせよう


 というものだ。麻原の三女が言ってきたこととまったく同じで、呼びかけ人は主張が一致することも認めている。しかも、同会の発足記者会見が始まる前には、彼女が呼びかけ人らと話し込んでいる映像も出回った。


「真相究明」と言うが、オウム事件は、裁判を通じてすでに多くの事実が明らかになっている。


 坂本弁護士一家殺害事件では、麻原が実行犯に指示した言葉や様子も詳しく語られている。地下鉄サリン事件の前には、教団とサリン生成を結びつける報道があり、慌てて手持ちのサリン等を処分したり、サリンプラントを宗教施設に偽装する工事を行ったりしたうえ、仮谷さん拉致事件での捜査が目前に迫り、捜査を回避しようと相当焦っていた状況も明らかになった。そして謀議が行われ、実行犯が教祖からの指示を伝達され、犯行後に教祖本人から労われた状況も具体的な証言があった。


「真相究明の会」呼びかけ人の森達也氏は、「地下鉄サリン事件当時は“オウム絶頂期”であり、サリンをまく動機がわからない」と述べているが、とんでもない。少しは判決文を読んだり、当時のメディアを調べるなどして、当時の教団の差し迫った状況を知ってから語っていただきたいものだ。


 麻原を裁く裁判も、事実を解明するために相当の時間と経費を費やしている。一審では、初公判から判決まで7年10カ月をかけ、257回の公判を開き、事実の解明が行われた。呼んだ証人は述べ522人。1258時間の尋問時間のうち、1052時間を弁護側が占めていた。検察側証人に対しては詳細な反対尋問が行われていたことが、この数字からもわかるだろう。麻原には、特別に12人もの国選弁護人がつけられ、その弁護費用は4億5200万円だった。


 控訴審で公判が開かれずに一審での死刑判決が確定したのは、弁護人が提出すべき控訴趣意書を提出しなかったためである。当初、東京高裁は一審判決から約11カ月後の2005年1月11日を締め切り日としていたが、最終的には06年3月15日まで伸ばした。それでも期日までに提出がなされず、控訴棄却となったのだ。この時の弁護人は、弁護過誤を指摘され、所属弁護士会で懲戒された。


 高裁で公判が開かれなかったのは私も残念だったが、仮に行われたとしても弁護人にできることは限られると思われ、なんらかの新事実が明らかになる期待ももてなかったので、その結論を受け入れた。「真相究明の会」が、これを受け入れらないというなら、批判の対象となるべきは、戦略を誤った弁護人だろう。ところが彼らは、麻原三女の代理人を務めてきたこの弁護士の責任については、まったく触れようとしない。


 彼らが、「治療」によって麻原が自発的に真実をしゃべると本気で考えているとしたら、オウム真理教やこの男の人間性について、あまりにも無知と言わざるをえない。麻原が、事件を指示した時の内心について語っていないのは、裁判所のせいでも、病気のせいでもない。それは、裁判の経緯を少し振り返ればわかる。


●自らの保身に執着し、責任を弟子に押し付けた麻原


 1996年4月24日に行われた初公判で、地下鉄サリン、元信者リンチ殺害、薬物製造の各事件についての罪状認否を求められた麻原は、説法で多用していた宗教用語を並べて自分の心境について語り、「いかなる不自由、不幸、苦しみに対して一切頓着しない、聖無頓着の意識。これ以上のことをここでお話しするつもりはありません」と述べただけで、事実についてはまったく語らなかった。その後も、自らの刑事責任が問われる法廷での麻原は寡黙だった。


 同じ頃、公安審査委員会では、オウム真理教に対して破壊活動防止法に基づく解散命令を出すかどうかを決めるため、教団側の弁明を聞く手続きが行われていた。5月15日、28日の弁明手続きには、麻原本人が出席。教団の危険性や政治性を「ございません」「ありません」とことごとく否定し、実に饒舌に語った。


 自らが説いていた殺人を肯定する教義については「味の素のようなもの。味の素を入れなくても、醤油や味噌で味は出る」などと述べてはぐらかし、公安調査庁が教団の政治性の根拠としていた「祭政一致国家」の建国構想については「温泉町の何とか国と同じですよ」と軽口を叩いた。


 印象的だったのは、自分の支配力を小さく見せようと努めたことだ。教団内では、信者に対して自分への「絶対的な帰依」を求め、強固な支配被支配の関係をつくっていたのに、「オウムは帰依の対象が複数あり、グルは絶対ではありません」と弁明。さらに「弟子が私の言うことを聞かないことが多々あった」「私の権威の失墜の表れです」と嘆いてみせた。


 こうした弁明内容は、多くの信者の証言と異なり、とうてい事実とは認められない。


 オウムでは、凶悪事件にかかわった幹部たちが、「高い世界への転生」を意味する宗教用語「ポア」を、「殺人」の隠語として使っていた。また、教団内で麻原は、「成就者」による「ポア」は罪ではなく救済だと説いていた。逮捕前の麻原が、「成就者」としてふるまっていたことは、言うまでもない。ところが弁明手続きの中で、公安調査庁側から「あなたは成就者なのか」と突っ込まれると、麻原は「お答えすることは差し控えたい。私は疲れている。揚げ足をとられるといけない」などと逃げた。


 自らの代理人の問いには言いたい放題。ただし都合の悪いことは述べない。そんな態度で2回の弁明を乗り切る一方で、自らの責任が問われる刑事裁判では、認否を先送りする。ところが、そうしている間にかつての弟子たちが次々に、教祖に関する事実を証言していた。その情報は麻原の耳にも入っただろう。自らの法廷でも、忠誠を誓っていたはずの井上嘉浩元幹部までが目前で「教祖の指示」を語る事態になった。相当に焦ったに違いない。第13回公判、井上証人への弁護人反対尋問中に、麻原は裁判長に対し尋問の中止を要求。「これは被告人の権利です」とも言った。


 しかし弁護人は結局、尋問を続行した。「教祖の指示」を語る井上証言は揺らがなかった。


 麻原にしてみれば、耳に入れたくない弟子たちの証言をやめさせようとしたのに、裁判所は受け入れず、弁護人も自分に従わず、不愉快な状況が続くことになったのである。これを契機に、麻原は弁護人に対して拒絶的になり、法廷でも不規則発言をくり返して審理を妨害しようとするようになる。


 34回公判で、彼はようやく罪状認否を行った。英語をまじえるなど奇妙な語り口ではあったが、地下鉄サリン事件について、村井秀夫元幹部や井上らに「ストップをかけた」と述べ、坂本弁護士一家殺害事件についても「私自身が一切指示していない」などと言い、起訴された17件のうち16件について無罪を主張した(1件は認否留保)。


 このように、彼は真実を語る機会があっても、常に保身をはかり、事実と向き合わず、責任を弟子に押し付ける態度を続けてきた。この事実を無視してはならない。同会の人たちは、何を根拠に、彼が自発的に「真相」を語るようになる、と言うのだろうか。


●カルト事件の「再発防止」に必要なのは


 呼びかけ人の雨宮処凛氏は、「麻原に本当のことをしゃべらせよう」と言う。そんなお気軽な物言いはやめてもらいたい。麻原の弁護人や検察官、裁判官だけでなく、かつての弟子たちが、全身全霊をかけて語りかけ、血がほとばしるように説得をしても、彼は頑強に真実を語ることを拒んだのだ。


 地下鉄サリン事件が起きて3年後に、雨宮氏は「オウムへのシンパシー」を問われて、「ムチャクチャありますよ。サリン事件があったときなんか、入りたかった。『地下鉄サリン、万歳!』とか思いませんでしたか? 私はすごく、歓喜を叫びましたね。『やってくれたぞ!』って」と答えたという(ニュースサイト「TABLO」内の吉田豪氏による連載『ボクがこれをRTした理由』より)。今は、さすがに「地下鉄サリン、万歳」とは言わないだろうが、それでも捜査機関を出し抜き、社会を混乱させたオウムに、何かしらの「シンパシー」が残っているのではないか。


 また、同会は「再発防止のためにこそ、真相究明は必要なのだ」と主張する。精いっぱい好意的に評したとしても、カルトの問題がまったくわかっていないと言わざるをえない。むしろ、欺瞞的な臭いを感じる。


 カルト集団は、古今東西を問わずに出現する。その集団を支配する者や活動・組織の態様はさまざまだ。統一教会のようにキリスト教を使った宗教集団もあれば、いわゆる「イスラム国」などのように、宗教と政治的な意図が一緒になった勢力もある。日本の過激派は政治的カルトと言えるだろうし、最近は前回の本欄で報告したようなネットを利用したカルト性の高い活動も出ている(歪んだ正義感はなぜ生まれたのか…弁護士への大量懲戒請求にみる“カルト性”)。そのリーダーや組織・活動の態様は違うが、信者や追随者のほうに注目すると、さまざまな類似点が見られる。


 なので、オウムのようなカルト事件の「再発防止」のために必要なのは、教祖の心の内を探るより、信者たちがいかにして教団に引き寄せられ、どのようにして心を支配され、犯罪の指示にも唯々諾々と従ってしまったのかを知ることだ。彼らの心理状態を解明し、いかなる防止策が考えられ、どの段階でどのようなサポートが有効なのかを研究することは、「再発防止」のために肝要といえる。


 つまり、「再発防止」のために死刑回避を、と主張するならば、その対象は教祖である麻原ではなく、弟子たちであるべきだ。12人の元弟子のなかには、深い反省悔悟の中にある者もいる。彼らに対して恩赦を施し、無期懲役に減じて生涯仮釈放を行わず、獄の中でもっぱら「再発防止」のための調査研究に協力させるなど、社会に奉仕させるという道は、大いに検討してよいと思う。


 ところが、この「真相究明の会」は、麻原の死刑回避ばかりを求め、元弟子たちの処遇には関心を寄せない。そんな人たちが言う「再発防止」とは何なのだろう。察するに、「再発防止」の看板を掲げておけば、事情を知らない人がうっかり賛同するかもしれないという狙いがあるのではないか。結局のところ、彼らの「再発防止」は、悪徳商法のキャッチフレーズにも等しいように見える。


 オウムの後継団体であるアレフは、勧誘活動などの折に、一連の事件を「でっち上げ」などと語っている。今回のように、少なからぬ著名人が死刑執行に反対して記者会見まで開いた事実は、そうした教団の勧誘活動や信者の結束力を高めるのに利用されるだろう。その影響力は、死刑が執行された後にも残る。「◯◯さんも、△△さんも反対していたのに執行された。これは国家の弾圧だ。闇の勢力の陰謀だ」などという陰謀論を支えることになるからだ。著名人の利用は、オウム初期から彼らの得意技である。自分たちが教団の勢力回復に貢献してしまうリスクについて、「真相究明の会」の方々があまりに無自覚なことに驚く。


 彼らは、地下鉄サリン事件が起きるまでの間に、メディアや知識人がオウムの増長に貢献してしまった事実から、何も学んでいないのだろう。たとえば、『朝まで生テレビ』(テレビ朝日系)では、オウムと幸福の科学をスタジオに招いて、この2団体のどっちがまともに見えるかを競わせる番組を放送した。オウム側は、これを布教宣伝の好機と捉え、麻原をはじめとする幹部が揃って出演し、言いたい放題。これを見て、オウムに興味を持ち、入信してしまった者もいる。この番組の看板司会者である田原総一朗氏は、「真相究明の会」の呼びかけ人となり、発足記者会見にも登場した。過去に対する反省や教訓の学びがまったくないらしい。


 ナチスによるホロコーストや関東大震災時の朝鮮人虐殺を否認するなどの、いわゆる歴史否定主義は、時の経過による記憶の風化と、事実軽視の風潮、そして一部の人たちの願望から生まれる。今回の動きを見ていると、オウム事件も、そうした心配をしなければならない段階に入ったようだ。


 このような状況だからなおのこと、すべてのオウム事件の裁判記録は永久保存にして、必要な人がちゃんとアクセスできるようにして、虚偽の流布、歴史否定の言説を防ぐようにしなければならないと、改めて思う。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)



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