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草彅 剛・中村倫也「想像以上!だった魅力とは?」『台風家族』 監督インタビュー

  • 2019年 09月17日 11時11分
  • 提供元:ウレぴあ総研
『台風家族』9月6日(金)公開 配給:キノフィルムズ ©2019「台風家族」フィルムパートナーズ

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『台風家族』9月6日(金)公開 配給:キノフィルムズ ©2019「台風家族」フィルムパートナーズ

『隼』(05)、『無防備』(09)、『箱入り息子の恋』(13)などの市井昌秀監督が、12年間温め続けてきたオリジナルストーリーを草彅 剛の主演で映画化した『台風家族』。


遺産相続をめぐる兄弟たちの壮絶なバトルをキャスト陣の生々しい芝居とブラックな“笑い”で描いた本作は、今年の日本映画界の“台風の目”になること間違いなしの市井監督渾身のヒューマンムービー。


思いがけない事情で公開が危ぶまれたが、この傑作が埋もれなくて本当によかった。というわけで、市井監督を直撃!


『台風家族』に込めた想いから、草彅 剛、中村倫也らキャスト陣の印象、演出のこだわりまでをたっぷり聞きました。


痛くて、笑えて、生々しい…兄弟たちの骨肉の相続バトル

台風が近づく2018年の夏のある日。鈴木小鉄(草彅 剛)は妻の美代子(尾野真千子)と娘のユズキ(甲田まひる)を連れて、10年ぶりに実家に戻ってきた。


10年前、銀行強盗をして、奪った2000万円と逃走に使った霊柩車とともに忽然と姿を消した両親の“見せかけ”の葬儀に参加し、次男の京介や三男の千尋(中村倫也)、長女の麗奈(MEGUMI)と財産分与をするためだ。


ところが、すんなり終わるはずだった話し合いはもめにもめ、状況や兄弟の立場、力関係がコロコロと変わって……そんな兄弟たちの骨肉の相続バトルは痛くて、笑えて、生々しい。


だが、そこから兄弟や親子ならではの愛憎や絆、かけがえのない関係を立ち上がらせる捻りの効いた展開は市井監督ならではで圧巻だ! そんな市井監督の言葉に耳を傾けてみてください。


映画のアイデアの源は?

――『台風家族』のもともとのアイデアは12年前からあったそうですね。


そうなんです。05年の『隼』が「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」で準グランプリを受賞して、スカラシップ(PFFがトータルプロデュースして劇場映画を作る映画製作支援システム)にエントリーする権利を得たときに考えたものがベースになっています。


――でも、スカラシップの権利を勝ち取ることができなかったんですね。


はい。そのときのものはもっと老夫婦が中心の話だったんですけど、当時はまだ僕も30歳ぐらいだったので、「あなたには老夫婦が描けるの?」って最もなことを言われて、落ちちゃったんです(笑)。


――遺された兄弟が遺産相続をめぐって争うアイデアはどこから生まれたんですか?


5年前に「舞台をやらないですか?」って声をかけていただいたときに、老夫婦ではなく、遺された家族の方を描きたいなと思ったんです。


当時、原作モノの映画の話をけっこういただいていて、どれも興味はあったんですけど、突き抜けた人間の“汚さ”みたいなものを描いたものが少ないなと思って。


そういうものをオリジナルでどうしてもやりたいなという気持ちが強くなったんですよね。


――そこから兄弟の遺産分与のアイデアが閃いたんですね。


そうです。剥き出しのズルさ、汚さ、ドロドロしたものを描きたいという想いがあって、老夫婦が失踪した後に兄弟間で起こる醜い争いって何だろう?って考えたときに遺産相続を思いついて。


冠婚葬祭などもそうですけど、日常から少し離れた特殊な状況に人間の醜い争いや欲が出やすいなと思ったんです。


作品の準備していたときは昼はポスティングの仕事、夜に脚本を書くという日々

――それにしても、原作モノの映画のオファーを断って、オリジナル脚本で映画を作るなんて、相当な決意と覚悟ですね。


そうかもしれませんね。準備しているときは昼はポスティングの仕事をして、夜に脚本を書くという日々でしたし。


ただ、僕、『台風家族』の前に『僕らのごはんは明日で待ってる』(17)と『ハルチカ』(17)という原作モノの映画を撮っているんですけど、それ以外に書いた6、7本の原作モノの脚本は原作者からのNGだったり、製作費が集まらなかったりして流れてしまうという経験をしているんです。


そうなると、ギャランティは貰えたとしても、その脚本は無意味になってしまう。


逆にオリジナルで書いた脚本なら、ある制作会社で企画が潰れてもその脚本を別の会社に持っていけるし、少なくとも可能性がゼロになることはない。


でも、それ以上に大きかったのは、原作モノの2本を撮っている間に自分が40歳になったことですね。


――それはどういう意味ですか?


40歳になったときに、映画を撮れるリミットみたいなものが何となく見えてきて、自分の中から生まれてくるものをもっと信じてみたい、オリジナルの脚本でゼロから根こそぎ描いてみたいと思ったのがいちばん強い理由のような気がします。


草彅 剛キャスティングの理由

――それが本作の強度にもなっていると思いますが、そんな市井監督の執念の映画の主人公・小鉄役に草彅 剛さんをキャスティングされたのは?


台本を書いているときにプロデューサーから草彅さんの名前が挙がって、草彅さんの出演が決まってから主人公の名前も「小鉄」にしたんですけど、そのへんにいそうな、人間臭い小ズルいキャラを演じている草彅さんって見たことがないなと思ったんですよね。


無骨な人間だったり、ものすごくいい人の役は見たことがあるし、『任侠ヘルパー』(09・12)で演じられたような振り切った人物は演じられていますけど。


――小ズルいというのは例えばどういう感じなのでしょう?


小鉄は次男の京介や三男の千尋(中村倫也)と違って、自分だけ父親の一鉄(藤竜也)と一文字違いの小鉄という名前になったことをいまでも根に持っていますが、あれは弟との身長差が気に入らない僕の実体験で(笑)。僕、弟より背が10~15センチぐらい低いんですけど、中学時代に抜かれて腹が立ったんですよね。


そういう、しょうもないことにこだわるところが人間臭いと思うし、草彅さんに、いままで見せてこなかったそういう部分を表現して欲しかったんです。


――草彅さんの中にもそういう部分があると思われたわけですか?


というより、そういう草彅さんを見てみたいという僕の期待の方が大きいですね。


これまでは役柄的にもスター性を感じるものが多かったけれど、そんな草彅さんが平凡な、しょうもないことにこだわったり、小ズルいことを執念深くやることで面白さが出ると考えたんです。


――草彅さんが小鉄役に決まってから脚本を改稿されたそうですが、どんなところが変わったんですか?


例えば、小鉄が千尋に向かって「くそぼけふにゃちんかす野郎!」って言うところがあるんですけど、あれも草彅さんに言って欲しいなと思いながら書いたセリフだったりするんですよ。


最初はもっとシンプルだったんですけど、このセリフを草彅さんが言ったら面白いんじゃないか?っていうのがありますよね。変えたのは、そういうディテールです。


――「くそぼけふにゃちんかす野郎」というセリフは言いにくそうですけど、監督はそこにこだわったわけですね(笑)。


はい。現場で草彅さんにも「このセリフが大事なんです」って確か言いましたし、それこそ、次男の京介に「いま、無職なんだよ。頼むよ」というセリフはもともと台本にも書いてあったものですけど、草彅さんがもっと下手に出るような形で言った方が僕がイメージしていた小鉄よりも面白くなるだろうなと思ったので、演出が変わりました。


――撮影現場でも小鉄がどんどん変化していったんですね。


そうなんです。小鉄と父親の一鉄が殴り合うところなんかもそうですね。


あそこは脚本ではただ殴り合うだけだったんですけど、現場で草彅さんの小鉄を見ているうちに、もっともっと小ズルい人間にしたくなって。


それで、小鉄に殴られた一鉄が「ちょっと待て、ちょっと待て」と言いながら、一見弱っているように見せて、隙を見て殴り返すという芝居が現場で生まれたんです。


一鉄のあの汚い血が、後のシーンの小鉄が京介にする仕打ちに繋がるように組み立てたわけですね。


そんな感じで、小鉄の小っちゃい汚い部分をもっともっと見たいな~と思えたのは、やっぱり草彅さんが小鉄を演じてくれたからだと思います。


「何で俺だけ(名前が)小鉄なんだ?」というセリフも草彅さんに決まってから加えたものですからね。


草彅 剛が求めてくるもの

――草彅さんが撮影現場で「監督はいわゆるお芝居が嫌いで、その人物が本当にそこにいるようなものを求めてくる。


だから、僕自身がすごく出ちゃっている」と言われていましたが、キャスト全員にそれを徹底したんでしょうか?


そうですね。昔からと言えば昔からなんですけど、『台風家族』ではいままで以上にそれを言葉で具現化して、役者さんに伝えました。


というのも、今回の脚本は字面だけで見るとコメディっぽい印象を受けるし、声量や語気を派手にしたり、過剰な芝居をしなければいけないと捉えてしまう恐れがある。


なので、そこはあくまでも「人間として演じて欲しい」と言いました。演者がコメディだと思ってやってしまうと、観客はそういう風に観てしまうけど、役者が映画の中で必死に生きていれば、それを笑いにとる人もいれば、シリアスに感じる人もいると思うんです。


僕はそこは観客に委ねたいから、演じるときに意味を込めて欲しくはないんですよね。


――そのことをキャストの人たちに伝えたんですね。


はい。演じている瞬間も草彅さんの小鉄であって欲しいし、(長女の)麗奈もMEGUMIさんの麗奈であって欲しい。


着ぐるみをかぶって物語のツールとしての役をやって欲しいわけではないし、生身の人間でいて欲しいから、そうすると等身大の自分を出さなきゃいけなくなるわけじゃないですか。


そういったことをリハーサルのときからけっこう話しました。まあ、劇伴をつけると少し道筋が立ってしまうけれど、あくまでフラットでいて欲しかったんです。


――草彅さんはアイドルという側面もあるので、「素の自分を出してください」と言っても出しきれないんじゃないかな? と思っていたのですが、完全に振り切っていたので、監督の意図をちゃんと理解して、覚悟を持って演じられていたんでしょうね。


草彅さんもちゃんと理解してくださっていたと思います。


そこは兄弟たちや(小鉄の妻の)美代子(尾野真千子)、(小鉄の娘の)ユズキ(甲田まひる)とリハーサルをさせていただいたのが大きくて。


その後はあまり具体的な話はしなかったんですけど、現場の囲み取材のときに草彅さんがそのアプローチを自分で言葉にしてくれていたのを見て、あっ、ちゃんと伝わっていたんだと思いました(笑)。


――とは言え、草彅さんがあそこまでクズになりきるとは思っていなかったので驚きましたし、面白かったです。


頑張らない努力をしていただいたような気がします、草彅さんに限らず、役者の方々は演じるときにどうしても力が入ってしまうと思うんです。


でも、自分のままでいるのなら頑張らなくてもいいわけじゃないですか?


みなさん、その部分でいろいろと試行錯誤があったり、悩んだりしたと思うんですけど、なるべくそのままの状態で現場にいてくれたような気がします。


――現場でご覧になっていて、草彅さんが小鉄になったなと思った瞬間はいつですか?


具体的には家(両親が暮していた実家)の中に入ってからですね。


撮影初日はまだいいパパだった10年前の回想シーンだったのでそんなに分からなかったんですけど、家の中に入ってきて扇風機をバーンって叩いたり、おもむろに物置を見にいったりする草彅さんの乱暴な動きを見たときに、“ああ、これが小鉄なんだな”って思いましたから。


でも、いちばん印象的だったのは、娘のユズキに「自立した方がいい」って言われるシーンで、草彅さんが泣いちゃったことです。台本上……設定上は絶対に泣いちゃいけない、突っぱねなきゃいけないシーンなんですけど、そのときに草彅さんが泣いてしまって、しかもあまりにもいい涙だったので、僕も思わずOKを出しそうになって。


もちろん、そこでOKを出したら物語がすべて崩れるので、泣く泣くNGにしましたよ。


ただ、NGにはしたけれど、そのときに草彅さんが目の前で起きていることを敏感に感じ取りながらお芝居をしているのが分かって、僕はそれがとても嬉しかったんです。


――草彅さん自身は別にクズではないので、純粋に反応しちゃったんでしょうね。


泣くとか泣かないとかとは関係なく、いま起きたことを瞬時にくみ取りながらお芝居のキャッチボールをしているということは草彅さんがやっている以外の何物でもないですからね。


それを見たときに、僕がお願いしたアプローチでちゃんと演じてくれているんだなと思えて、それが嬉しかったんです。


イメージ以上だった草彅 剛の魅力とは

――そんな一連のお芝居の中で、草彅さんから監督がイメージしていた以上のものが出てきて、“この人はやっぱりスゴい”って思うようなことはなかったですか?


暴れるときの迫力が違いましたね。


小鉄が箪笥の引き出しの中の物を投げながら暴れるシーンはけっこう長回しで撮りましたし、段取りやリハーサルも入れると6テイク以上はやっていただいたんですけど、草彅さんはそのすべてのテイクを熱量を変えずにやってくれて。


そこは本当に草彅さんならではの迫力のある小鉄だったし、ズルさや弱さがその要所要所に垣間見られるのもよかったんですよ。


小鉄ってどこか中二的なところがあると思うんです。


派手に暴れれば暴れるほど、弱さが見えると言うか。草彅さんがどこまで考えてやられていたのかは分からないけど、ただ暴れているのではなく、弱さを隠すために暴れている感じをしっかり醸し出していて。


そういったところをすごく繊細に表現してくださったなと思います。


中村倫也の芝居を見て驚いたこと

――三男の千尋を演じられた中村倫也さんは、NHKの朝ドラ『半分、青い。』(18)をまもなく撮り終えようとしていた時だったと思うんですけど、『半分、青い。』の朝井正人役とは全然違うニートっぽい三男を絶妙な佇まいで体現していました。


そうですね。僕の中の中村くんは最近のドラマの草食系男子のイメージではなく、白石和彌監督の『孤狼の血』(18)で演じていたような狂気をはらんだ人物だったり、主演映画『星ガ丘ワンダーランド』(16)のちょっと陰のある主人公の印象が強くて。


決して明るい感じではなかったんです。


――中村さんのお芝居を見て、監督が驚いたようなことはありました?


実は長男の小鉄と三男の千尋に僕自身の要素がいっぱい反映されているんですけど、倫也くんはそこを細かくくみ取ってくれていましたね。


もちろん、倫也くんにも「芝居をヘンに作らないでください」と言いましたよ。たから、それを踏まえた上で演じてくれていたんですけど、セリフの言い方とか声色から僕の望んでいた微妙なニュアンスが伝わってきて。


草彅さんはどこか宇宙人みたいなところがあるからまた違うんですけど(笑)、倫也くんのその精度の高さはスゴい!って思いました。


――姉の麗奈に向かって「みんな、ババぁのセックスだって見たいんだよ!」ってくってかかるところのあの言い方なども、末っ子っぽくてよかったです。


いや、本当にスゴいんですよ。いまもそうですけど、倫也くんはそのときもドラマや舞台の仕事をたくさんやられていて、現場に途中から入ってきたんですね。


なので、リハーサルにも1日来てもらいましたし、現場でもリハーサルはしたんですけど、倫也くんだけ、ドラマや舞台のものを引きずった、ちょっと過剰な、倫也くんから離れたお芝居になっていたんです。


でも、そのことを本人に言ったら、すぐに変わったので、なんてスゴい人なんだ!って思いました。


――キャストのみなさんの自然な演技にも驚きましたが、遺産分与の話をしていく中で、兄弟の力関係がコロコロ変わったり、その会話に長男らしさや三男らしさが滲み出てくるのも面白いなと思いました


シンプルに、映画が面白く見えるのってすごく大事だなと思ってはいるんです。


でも、僕は謎解きミステリーのようなパズルのような構造にはしたくなくて。


そういう展開の面白さがあったとしても、それを前面に押し出すことはしない。


役者さんに「その人としてやってください。あくまでも人間なので」って言うのも、パズルにしないひとつの手法だと思っているんです。


そういう意味で、逆に気を遣ったのは、観客が展開の面白さにとらわれ過ぎてしまわないように、兄弟の関係性や葛藤がどんどん変わっていくように見えることでした。


脚本を書いているときは単純に面白くなればいいな~って思っているだけなんですけど、演出をするときには、どうしたらみんなの関係性や心のざわつきが見えるだろう? ということの方にこだわっていましたからね。


人って、もうダメだ~ってなったときに、理屈じゃないことを始めたりする(笑)

――兄弟だけではなく、麗奈の恋人の登志雄(若葉竜也)や小鉄の奥さん・美代子のポジションも面白くて。


僕は特に、兄弟が遺産分与をめぐって醜い争いをしているときに、その空気に耐えきれなくなった美代子が隣の部屋に夢遊病者のように移動してソーメンを食べるところです。


あそこにも、長男の嫁という微妙な立場が表われていましたから(笑)。


人って、ああいう、もうダメだ~ってなったときに、理屈じゃないことを始めたりするじゃないですか(笑)。


僕は尾野さんと仕事をするのは2度目だったんですけど、本当にいろいろな役をやられているので、何か新しいことをやってもらいたくて。


そのためには道具を使うしかないな~と考えて、あのソーメンに行きついたところもあるんです。


――あのソーメンの食べ方も上手いですよね(笑)。


そうなんですよ(笑)。


実はあれはお芝居的にはちょっと難しいんですよね。


長回しだし、隣の部屋から歩いてきて放心状態の視線が定まっていない状態で食べるのはなかなか大変だと思うんです。


でも、尾野さんはサラッとやってくださって。タイミングの微妙な調整で確か2テイク撮りましたけど、どっちもすごくいいお芝居だったのを覚えています。


――先ほど「パズルのようにはしたくない」って言われましたけど、幾つかの真実が明らかになっていくときのその明かし方も市井監督らしくて上手いなと思いました。


そうですか? でも、登場人物の性格や気性だけではなく、日常の描写などにも僕の生活が反映されていて。


例えば、一鉄の秘密が分かるテレビのリモコンのくだり……リモコンの電池を転がしたりするのも、僕が普段からよくやっていることで、あの描写は実は『隼』でも使っているんです(笑)。


突飛なことはしつつも、嘘をつきたくない

――そしてクライマックスは、台風が迫りくる中、小鉄、京介、千尋、麗奈の4兄弟が美代子、ユズキ、登志雄も連れて想い出のキャンプ場に向かうところですが、ひとりひとりが家の中から出てくるのをスローモーションでカッコよく見せておきながら、その直後に軽自動車だから全員が乗れないというテンションが一気に落ちるカットが入ります。


あの感覚も市井監督の映画ならではですね。


突飛なことはしつつも、嘘をつきたくないみたいなところがあるのかもしれないです。


なるべく端折りたくないと言うか、過剰にカッコつけるのがイヤなんでしょうね(笑)。


絶対に撮りたかったシーンとやりきれた満足感

――でも、そこからラストシーンに向かう、全員の剥き出しの“生”が全開していくところは疾走感も含めて監督がいちばん描きたかったところだと思いますし、僕は『隼』のラストシーンと同じ生々しい熱量を感じました


小鉄たちが生身の川を流れていく“あれ”を追いかけるあのシーンは絶対に撮りたかったんですよね。


暗闇だから本来は見えないはずなんですけど、そこを懐中電灯の光で見えるようにして、ファンタジックな切り口だからこそ、現実に起こっているように見せたかった。


あのシークエンスをお客さんがどう観てくださるのか分からないですけど、僕の中では、12年間ずっとやりたいと思っていたことをついにやることができたなという満足感があって。


最後の海の長回しのシーンも、実はキャストのみんなとずっと続けてきたお芝居の最終形を撮ったものだったんです。


――順撮りですものね。


そうなんです。ただ、台本にもだいたいああいう感じのことは書いていたんですけど、長回しの最後にユズキがカメラの方に歩いてきてあのセリフを言ったりするところなどは撮影中に思いついたこと。


そんな感じで、最後の最後まで、スタッフやキャストに助けられて、アイデアがいろいろと膨らんでいきました。


――まさにタイトル通り、駆け抜ける台風のような家族の映画を念願かなってついに撮り終えられたわけですけど、市井監督はこの先はどこへ向かうんですか?


僕はいま「他人が書いた原作の映画は当分はやらない」という言い方をしていて。


実録モノはひょっとしたらやるかもしれないけれど、ひとまずは、僕は妻と一緒に書く自分の原作小説を映画化することにこだわっていこうと思っているんです。


それこそ、いま仕上げに入っているドラマもオリジナルですし、撮っていない時期がしばらく続いたので、いくつかのプロットは書いていて。そういった作品をしばらく撮り続けたいんです。


――最初に言われた、40歳になったことが、その決意を固くしたんですね。


そうですね。と言うか、本当にシンプルに、そうしたいという自分の気持ちに従いたいだけなんですけどね(笑)。


強い意思とクリエイティブ精神でゼロから映画を生み出そうとしている市井昌秀監督は本物の映画人だ。


その言葉を聞けば聞くほど、『台風家族』がちゃんと劇場公開できてよかったと思った。


埋もれてしまっていたら、市井監督の今後の監督人生も大きく変わっていただろうから、それを回避できたことにも心から拍手を贈りたい。


そして早くも気になるのが、次なる展開。「しばらくはオリジナルで映画を作り続ける」と豪語した市井監督が、今度はどんな独創的な世界をスクリーンに届けてくれるのか!? 今後の動向からも目が離せない!!


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