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なぜ三菱自動車は中国で「悪魔の証明」を強いられたか?!

  • 2020年 11月27日 11時45分
  • 提供元:J-CAST
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中国とのビジネスを行ううえで不可欠なのが、中国法の理解だ。認識が不十分だったため「悪魔の証明」を強いられたり、巨額な賠償を請求されたりした企業は、枚挙にいとまがない。

中国にまともな法律などない、と侮っている人がいるかもしれないが、中国契約法は、最近の国際的な契約立法を取り入れた法律であり、国際性の度合いでは日本より進んでいるという。


一方、憲法は立憲主義憲法とはまったく異なり、市民の精神的、身体的自由に対する公権力の容赦なき弾圧と拷問による自白強要が当たり前になっている。なぜ、私法と公法で様相がこのように違うのか。本書「中国法」は、具体的な裁判例に即して複雑な中国法を解説している。中国にかかわるすべてのビジネスマン必携の本だ。


「中国法」(小口彦太著)集英社

日本は私法、中国は公法ととらえた尖閣諸島の国有化問題

著者の小口彦太さんは、早稲田大学法学部教授を経て、早稲田大学名誉教授。江戸川大学学長。専門は中国法で、中国人民大学法学院名誉客座教授でもある。著書に「中国法入門」「現代中国の裁判と法」「中国契約法の研究」など多数。


序章で日中の法律認識のギャップがもたらした深刻な事態として、尖閣諸島の国有化問題を取り上げている。2012年、日本は野田佳彦政権のもとで、尖閣諸島、具体的には魚釣島、南小島、北小島の3島を地権者から20億5000万円で購入した。そして国に所有権移転を登記した。


しかし、中国では国が私人と同じ資格で島を購入し、登記をするということはあり得ない。宮本雄二元中国大使の講演会での発言に法律上の核心が表れているという。


「2012年、日本の尖閣の国有化。これは実際は国有化ではなく、所有権を民間から国に移したという、日本の民法上の所有権の移転であり、国家主権とはまったく関係のないものですが、中国側が誤解し、ついに日本が尖閣を国有化して日本領土にしたと思ったわけです。鄧小平さんが、棚上げ・共同開発しようと言ったのに、自分の領土にするとは何事だということで、あの強烈な中国側の反発になっていったのです」

日本側からすると「誤解」だが、中国側からすると「誤解」ではなかった、と指摘する。


中国では土地はすべて国有地であり、所有権の譲渡はあり得ない。この種の国有財産の権利は民法に由来する私権ではなく、憲法によって創設された公権であることを意味する。


このような中国法の枠組みからすると、日本政府による尖閣諸島の購入はあからさまな主権の侵害に映り、猛烈な反発を招いた。


これに先立つ2002年に、尖閣諸島の民有地を年間約2200万円で総務省の所管において借り上げる契約を結び、賃借権の登記を済ませていた。この時は主権の侵害につながる問題ではなかったから、中国は特に激しい反発を示していなかった。


しかし、「国有化」は主権の問題だと、中国では挙国一致で対日批判が盛り上がった。鄧小平の「棚上げ」論の重しが取れた、と中国軍部は欣喜雀躍した。そして、今に続く日中間の緊張状態のタネになっている。


小口さんは「中国法に対する不知のなせる業である」と厳しく批判している。


「先履行の抗弁権」と約定がすべての中国契約法

1999年に制定された統一契約法は、グローバル化した市場経済を見据えて、ウィーン売買契約条約(国連国際動産売買契約条約)の影響を受け、違約責任にかんする、過失がなくても責任を負わせる厳格責任や、履行期前の契約違反などの規定がある。19世紀末に制定された日本民法には存在しないものだ。


日本の契約法に比べてはるかに国際的立法の影響を受けているにもかかわらず、中国契約法の特質として、「先履行の抗弁権」をまず挙げている。「当事者が相互に債務を負い、履行順序に先後があり、先に履行すべき一方の当事者が履行しなかったときは、後履行者はその履行を拒むことができる」(民法典526条)という規定である。


企業間の取引では、甲が先に目的物を引き渡し、半年後に乙が代金を支払うといった契約が普通である。だが、甲が履行期日が到来したにもかかわらず目的物を引き渡さない履行遅滞がズルズルと続き、そうこうするうちに乙の代金支払期日が到来したケースで説明している。


日本を含め中国以外の大半の国は、「同時履行の抗弁」といい、乙が代金を払わない限り、物を引き渡さないことが認められる。もし乙が物を引き渡してほしいと思えば、乙が代金を払って甲の抗弁権を取り消さなければならない。常識的には甲は理不尽のように思えるが、甲の抗弁を認めるのだ。


小口さんはその理屈を、こう説明する。


「日本では、甲は履行期日が到来しているのに履行しないのだから、それで乙の側に損害が発生すれば、損害賠償を請求できるし、また甲に対して履行を促すべく催告し、それでも甲が履行しなければ、契約を解除し、生じた損害の賠償請求もでき、それで十分であり、あとは甲と乙は同時履行の関係で調整すればよいと考える。それ以上に、先履行の抗弁に担保的意味合いを含めるべきではないというわけである」

ところが、中国では、甲の側からの同時履行の抗弁を認めない。人的・物的担保が期待できない場合を想定して作られたのが先履行の抗弁だという。


「対中ビジネスのおいては、相手が一筋縄では契約を履行しないことを想定して、契約締結の交渉段階で積極的にこの先履行の抗弁条項を約定に書き込め」とアドバイスする。


「先履行の抗弁」も約定にそれを書き込まなければ、効力が生じない。中国では約定こそが原則なのだという。約定がなければ同時履行に戻るのだ。


中国法への無知が招いた挙証責任の転換

次に自動車事故で被害者の死亡が、自動車部品の欠陥に起因するかどうかが問題になった三菱自動車工業損害賠償事件を紹介している。


1996年、三菱自動車工業製のパジェロの助手席に乗っていた原告の父は、高速道路を走行中に、フロントガラスの一部が突然破裂し、死亡したとして、損害賠償の訴えを起こした。


一審は製造物責任法を適用せず、被告が勝訴した。しかし、明らかな誤審であり、二審でことごとく否定された。


だが、同法は欠陥が存在しなかったことの証明までをも製造者に求めているわけではない。欠陥の証明、および欠陥と損害の因果関係の証明は原告が行わなければならないのが、中国法の立場である。


しかし、被告の三菱自動車工業は二審による挙証責任の転換を安易に認め、さらに、こっそり大事な証拠物を日本に持ち帰るという失態を犯した。


ガラスはその後、中国に送り返されたが、この送り返してきた物が原物であることを証明できず、かつガラスはすでに粉々になっていて、検査のしようがなかった。


この証明妨害論が挙証責任の転換という二審判決を決定づけた、と小口さんは見ている。


「送り返してきた物が原物であることを証明すること」は悪魔の証明と言わざるを得ない、と書いており、被告の「中国法に対する軽視、否、無知に起因すると言うほかない」と手厳しい。


党が法の上位にある

本書の後半は、公法に充てられている。公権力の行使を法によって統制し、市民の権利と自由を保障する立憲主義の憲法とはまったく類型の異なる中国憲法。公安権力などの行政権力、検察権力、そして法院までもが、「国家・社会・集団の利益」の実体をなす「党の指導」を護持するため、市民の自由に容赦なく「切り込んで」いくことを保障するのが、中国の憲法なのだ。まったくベクトルが違う憲法と言わざるを得ない。


さらに刑法が30年もなかったこと、「裏」の法が存在すること、法院には独立性が欠けており、行政機関と理解した方がいいことなどが述べられている。


法の支配の確立を妨げている最大のネックが、国法に対する党規(党紀)優位の構造である。2020年6月30日、香港国家安全維持法が制定、即日施行された。法律の上位に党機関の決定が存在するという「党規国法」の体系が、直接、香港にもかぶさってくることになったのだ。中国が、「一国二制度」から「一国一制度」に踏み出した日として長く記憶されるだろう。


「中国法」

小口彦太著

集英社

860円(税別)


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